西川直輝 プロフィール
幼少期、学生時代
バイオリンを2歳から習い、14年間続けると同時に、弦楽団にも入っていた。
その影響もあり、小学校入学前から、持っているCDはポップスよりも、クラシック音楽が大半を締め、DVDもクラシックコンサートの物であった。
先輩に、現在プロで活躍するバイオリニストがいる。また、アメリカ人バイオリニストに指導を受けた経験も持つ。
父の影響もあり、野球が好きで少年野球チームに入りたかったが、父が高校時代に肩を壊した経験などから「まだ早い」と猛反対され、仕方が無くサッカーを始める。
サッカーでは、小学校5年はキーパーをやっていたが、半年ほどで、得点を獲得する面白さに魅かれてFWをメインとし、6年では得点王を獲得する。当時のチームメイトにU20日本代表など、Jリーグへと進むメンバーもいる、なかなかのチームであった。
・小学校時代は習字で金メダル、銀メダル2枚、銅メダルを獲得
・小学校2年時に消防車の絵を描き、元内閣総理大臣の海部俊樹氏より、
優秀作品として賞状を授与される。
・ファッション雑誌にモデル出演もする
中学生時代、音楽専門高校に進み、ドイツ留学、ベルリン・フィル・ハーモニー管弦楽団という人生ストーリーを夢見ていたが、行きたい高校の学部が、バイオリン専攻にかかわらず、ピアノ演奏が入試で必須であり、音楽専門の道をあきらめる。中学からやっと野球を始めたが、バイオリン優先の生活を送る。
夢をあきらめたとき、自営業である親の時間の自由さにあこがれ、「起業」という事を意識し始める。
結果、京都府立京都すばる高等学校へ進み、情報科学科という、プログラムなどを学ぶパソコン専門学科に入る。元は商業高校で、校則が厳しいなど、就職率が圧倒的高さであった事も決断の決め手となった。
高校では、サッカーをやり直す予定であったが、前高校校長の自宅に呼ばれ、野球部に入るよう説得され、半強制的に野球部に入部。
入学と同時に、当時、甲子園7度出場、プロ野球選手も数人排出してきた総監督が野球部に入るなど、監督、総監督、部長が変わり野球部に力を入れだす。
1年目の夏には、京都1練習量が多いとも噂される、厳しいチームであった。
1年の夏から、引退まで同学年で唯一ベンチ入りし続け、スタンドでの応援経験は無い。3年では主将に就任し、最高は秋季大会ベスト16。後輩では京都府夏季大会準優勝で、プロ野球選手も排出している。
また、この頃に、京都テレビ、毎日新聞、読売新聞、朝日新聞、京都新聞、城南新聞など複数メディアに掲載される。
ラジオではFM神戸にて全国放送でお笑い芸人TKOと競演する。
高校卒業〜
2005年12月、高校3年だった時に大学センター入試目前で、両親の持っていた「凡人の逆襲」(神田昌典氏、平秀信著)を読み、お願いしないで販売する、殿様セールス法に魅かれ、平秀信のブログを読み始める。
そこで、23歳以下でアメリカNYで英語を学びながら、仕事をしたい、そしてWEBに精通している人というのを募集しており応募した結果、250倍の中から見事に株式会社インプロビックへの入社が決定した。
2006年4月、最初の配属は、長野県茅野市にある工務店、株式会社エルハウスのオフィスの中で、住宅営業やエルハウスのチラシを学び、住宅見学会でセールスとお客様の対応を現地で経験しながら、セールス、マネジメントのプロであるエリック網倉の指導を受け、インプロビックのセミナー管理や、サイグラムといったコミュニケーションノウハウの販売のサポートを行い、セミナー運営や集客、キャッシュフローの概念について学ぶ。また、WEBサイト作成も同時に行う。
2007年1月、新宿区神楽坂にある株式会社インプロビック東京事務所へ転勤し、かつての業務に加え、映像制作を始める。まだこの時、映像導入企業が大企業を含め少なく、先行者利益を「お金」「ノウハウ」の点で得て、中小企業のためのPV制作セミナー等で講師を勤める。
2008年5月末〜東京事務所を離れ、ニューヨークマンハッタンの事務所へ転勤。マーケティングの最先端を学ぶ。
ニューヨークではマーケティングの市場調査だけではなく、ファッション界とのビジネスにも関わり展開の経験をつむ。
また、5年ぶりにJazz音楽の本場でJazzバイオリンを習う。音楽家として、エディ・パルミエリやロン・カーター、デイビッド・サンボーンなど、ジャズ界で名を轟かせる人たちと競演し、エディ・パルミエリとの競演ではグラミー賞にもノミネートされている、プロ中のプロからマンツーで習う。
2008年12月1日より、ニューヨークでの市場調査を終え、東京の神楽坂事務所に戻り、海外で培ったマーケティングノウハウを、国内マーケティングに自社、クライアントさんのコンサルティングで導入し、結果を出し続ける。
複数プロジェクトのマーケティングリーダーを兼任し、自身での商品販売と同時にWEBサイト、映像制作を行い、陰から平秀信グループを支えている。

